2006年10月~12月

2006年
10月17日(火)

 瀋陽は6月、8月に続いて3回目となりますが今回は公演のためステージドレス3着をさげて大荷物での到着となり空港に迎えに来てくださった文化庁の張さんも私の荷物の多さにびっくり仰天!トランクに入りきらない荷物と一緒に座席に収まってホテルへ向かいました。
  今回のホテルはマリオット(瀋陽皇朝万豪酒店)です。明日からのスケジュールに備えて今日はホテルの近くで鍋料理(なんとタツノオトシゴのスープです。これが美味しい!!)を食べて早めに休むことにします。瀋陽は10月でも夜ともなるとかなり寒く、念のため持参したダウンコートが早速役に立ちました。

10月18日(水)

 朝は遅めに起床、前回(8月)に来た折には午前中の伴奏合わせが多く早起きの苦手な私としてはちょっと大変でしたが今回は私の希望を聞いてくださり練習はすべて午後に設定してくださいました。
  午後2:30大劇院の小ホール(本番の舞台)で練習、久しぶりにお会いしたピアノの李青先生は明るく、陽気ななかにも威厳があり、テノールの陳黙さんは一緒にいると、とても愉快で屈託のない方です。楽しくお二方と練習しました。

(テナー歌手 陳 黙さん ピアニスト 李 青先生 )

10月19日(木)

 朝10:00今回のコンサートの後援をしてくださる瀋陽の日本総領事館へ表敬訪問に参りました。

     
(左から 阿部 孝哉瀋陽駐日本総領事
  森   信幸瀋陽駐日本領事)


 瀋陽日本総領事館のホームページでこの度の私のコンサートを取り上げてくださるなど本当にご親切な対応をしていただきましたので、なにはともあれお礼のご挨拶に・・・と思ったからです。ホームページの原稿確認などで森信幸領事とはすでにお電話ではお話させていただいておりましたが阿部総領事にお会いするのは今日が初めてです。

 実は私は以前から官庁というような機関に対してはかなりマイナスなイメージがありました。しかしその機関の一部の人間だけを見てその構成員全体を評価してしまうことがいかに間違って危険なことかと、今回の阿部総領事にお会いしみて、つくづく痛感し己の短絡的なものの考え方を大いに反省いたしました。

 それとともに阿部総領事のいらっしゃるこのような時期にタイミングよく来ることが出来た私は本当に幸せだと思います。
  そして東北三省にもっと日中友好の文化交流を広げてゆきたいと総領事がおっしゃるのを拝聴しもし私に出来ることであればどんなことでも喜んでお手伝いさせていただきたいと心から思いました。そしてもう一つびっくりしたのは総領事の奥様が、私の母校である田園調布雙葉学園の先輩でいらっしゃったことです。雲の上の存在である総領事との距離がほんの少しだけ縮まったような気がしました。

 その後は森領事のご案内で領事館のなかを見せていただきました。中国の学生さん達の為に日本の文化を紹介する展示会場を設けるなど意欲的な試みをたくさんしてらっしゃるのに驚きました。とても暖かい気持ちになったところで、総領事館をあとにして外へ出てみたら、本当に寒いです。10月でこれほど寒いということは極寒のころはどんな寒さになるのでしょう。

 今日の夕方私が東京で中国語の勉強に通っているハンズアカデミーの韓明校長が瀋陽に到着します。
  今回こうして瀋陽でコンサートを開くことができましたのも、そもそものきっかけは韓明先生が、音楽を通して日中友好してゆこうという私の活動に深く共鳴してくださり「それなら私の出身地である瀋陽でもコンサートが開けるように手伝ってあげましょう」とおっしゃってくださったことから始まりました。
  その韓明先生の到着に合わせて私の歓迎会が行われました。大いに食べ大いに飲み(噂には聞いていましたが東北人の方たちのお酒の強いこと、強いこと!!!ちなみに私は一滴も飲めないのです。)大いに語り大いに笑い・・・・楽しく夜は更けてゆきました。

(前列左から 吴 鐵人外事弁公室副所長 
孫 浩文化庁長 
李 青先生
 後列左から 張 曄琳文化庁副長  
韓 明ハンズアカデミー校長
孟 欣歌劇院副院長
楊 原大劇院副総経理
葉 積鳴青山ローレル上海総経理)


10月20日(金)

(後列左から 李 侃ラジオ局プロデューサー   韓 明校長)

 
  朝10:00ホテルを出発しラジオ局へ向かいます。 今日はラジオの生放送に出演し明日のコンサートのことや日頃から中国について思っていることなどを、インタビュー形式ですべて中国語を使って話すことになっています。
  前日に質問事項はだいたい知らされていましたので一応原稿は一晩で書き上げ用意はできていましたが、表情の見えないラジオを通して果たして私の中国語が聞き取ってもらえるか非常に不安です。隣に韓先生が付き添ってくださっているので、いよいよどうにも困った時は助け舟を出してくださるでしょうが、先生のお顔に泥を塗ることの無いよう出来る限り頑張ろうと思います。

 アナウンサーの女性と簡単な打ち合わせをしただけで11:00より本番の開始です。
 アナウンサーの女性の話し方はさすがプロだけあって本当に美しい中国語ですが聞きほれていたら大変!!かなりの速度ですから全身を耳にして集中しないと聞き逃してしまいます。

 なんとか頑張って質問を聞き取ったら次は自分で話さなくてはなりません。でもさすがプロのアナウンサー、私が正しい声調(中国語特有の音の上がり下がりのこと)で話せないときにはすばやく“今、松井さんは〇〇〇という風におっしゃったのですよね”と助け舟を出してくださいました。
 
  こういう感じで何とか質問に答えた後はホットラインでお客様と直にお話しするコーナーへと突入。初めの一人は“やらせ”ということで安心していましたが次から次に聴者の方から電話が架かってきて嬉しいやら、ドキドキするやら・・・ホットラインで連絡を下さったお客様には明日のコンサートのチケットがプレゼントされるのですがそのチケットが無くなったところで終了。こうして1時間がアッという間に過ぎました。

 
今回ラジオ局の件をアレンジしてくださった李侃さん(韓明先生の幼馴染)が新洪記という餃子と海鮮料理の美味しい店でご馳走してくださいました。


(左から 葉  積鳴上海総経理
李  侃プロデューサー
二人置いて 韓 明校長)

    
        

 2:30いよいよ総仕上げの練習です。有名な中国のソプラノ歌手 宮云湘さんや新聞記者の朱少凡さん、高暁紅さんが練習を見にきてくださいましたのでびっくりしました。
  夕食は李先生が大劇院のレストランでご馳走してくださいました。(ここには瀋陽から有名になられたクラシック音楽の大家の写真が飾ってあります。勿論李先生のお写真も。

(後列左から3人目

ソプラノ歌手 宮 云湘先生
韓   明校長
朱 少凡職工快報主任

前列左から2人目 高 暁紅瀋陽今報新聞記者)

 

10月21日(土)




 いよいよコンサート当日になりました。朝ゆっくりと起きて外を見たら曇り空です。雨が降らないように祈ります。3:00迎えの車に乗って劇場に行きました。
 あまり反響のよくないホールなのでゆっくりと時間をかけて発声練習をします。その後楽屋でヘアーメイク、今回は全て自分でやることにしたのですが、なんとか上手くできました。

 

(遼寧省大劇院ホール(コンサート会場)の正面入り口 )

 ちょうどそこへテレビ局の方たちがマイクを持ってインタビューにいらっしゃいました。この件は予定外だったので一瞬驚きましたがラジオ局で少し慣れていたので「なぜ中国にきて歌おうと思ったのですか」「中国のどこが好きですか」「中国の聴衆についてはどう感じますか」等・・・・なんとか無事話ができました。

 

 

(TVインタビュー風景 )

 そしていよいよ本番開始です。
  1番目はサンサーンスの「白鳥」をヴォカリーズで歌うという私のオリジナルで始めます。何故一曲目にこんな難しい曲を持ってくるのかとのご指摘をあちらこちらで頂戴いたしましたが、たとえ大変でも大好きな曲で始めたかったので敢えてこの曲にしました。
  始まりの曲が旨く流れれば後はスムーズに入れるはずです。神様!ありがとうございます。上手く流れをつかめたようです。
 2,3,4曲目は日本の歌で「さくら、さくら」「赤とんぼ」「宵待草」です。日本の歌の繊細さや美しさが中国の皆様に伝わることを願って歌いました。

 5曲目は日本でもお馴染みのロシア民謡「ともしび」です。今回は1番を中国語で、2番をロシア語で歌いました。「ともしび」は中国でも大変人気のある曲です。

6番目は同じくロシア民謡から「なつかしきヴォルガ」です。この曲はロシアのコロラトゥーラの大家アラソレンコワさんの十八番です。7番目はロシアの作曲家ラフマニノフの「ヴォカリーズ」です。ホールの響きがちょっと心配(満席も重なり更に)ですが、それを察知した李先生が少し早めのテンポで弾いてくださいましたので大いに助かりました。

 プログラム前半の最後は今年生誕250周年のモーツァルト作曲の「アレルヤ」で華やかに歌いました。

 休憩の後はチャイナドレスで登場し「バラの3つの願い」「銀色の月の下」「つばめ」の中国歌曲を歌いました。
  中国語は私にとってはとても歌いやすい言語ですけれど果たして中国の皆さんにはどのように聞こえたのでしょうか・・・・

 ここでゲストのテノール歌手陳黙さんの登場です。オペラ「愛の妙薬」から“人知れぬ涙”を歌っていただきました。この間に私は着替えをして次はピンクのドレスで陳さんとオペラ「椿姫」の中の2つの二重唱“乾杯の歌”“パリを離れて”を歌いました。“パリを離れて”は前日まで陳さん練習不足ぎみだったのですが、本番ではよい雰囲気で歌えました。
ホッ。

 最後の曲は同じく「椿姫」のアリアから“ああそは彼の人か~花から花へ”です。音大の卒業演奏会の時から始まってずっとずっと歌い続けて来たこの大好きな曲をこうして瀋陽で歌えるとは・・・・ここまで私を支えて下さったすべての人に感謝して歌いました。

暖かい大きな拍手に応えてアンコールはテレサテンさんの歌の中でも私が一番好きな歌“月亮代表我的心”を真心込めて歌いました。この度のコンサートにあたり主催の遼寧省文化庁、遼寧省外事弁務室のご協力と遼寧歌劇院、遼寧大劇院のご支援を賜りました。又、ご後援いただきました日本国駐瀋陽総領事館、ハンズアカデミー、そして共演くださいました李青先生、陳黙さんその他多くの方々にもお世話になりました。

皆様方への感謝の気持ちと日中友好への思いをこめて最後は「同一首歌」(中国ではこの曲名を冠にした番組もある大変有名な曲です。)を歌いました。

 

 歌い終わった後は日本の通常コンサートのようにそのまま楽屋へ戻るのでなく客席を通って会場のロビーにでました。ここでお客様と一緒に写真撮影をしたり、サイン会をしたり・・九月に上海で録音したCDを販売し、そのCDにもサインを求められました。お客様が全員お帰りになった後大急ぎで楽屋に戻り着替え、大劇院隣接のホテルの宴会場へ向かいました。

コンサート終了後のサイン会)



(コンサート会場で左から 韓明校長)

(コンサート会場で張 曄琳副長と )
(コンサート会場で左から李 青先生とお母様(中国の高名な作曲家劫夫夫人と)


 この度のコンサートでお世話になった各界の方々をお招きし私からのお礼の気持ちでささやかなお食事会の席を設けさせていただきました。まずは阿部総領事から乾杯の前にお言葉を賜りました。

 
(左から 総領事の通訳の方、李 青先生、
吴 鐵人副長、阿部 孝哉総領事
孫 浩長)

丁寧で心のこもったスピーチに通訳を通して聞く中国の方々も、私たち日本人もジーンとなりました。そして最後には瀋陽(前任地は韓国)に着任されて間もないのにもかかわらず中国語でのご挨拶もされていらっしゃいました。臨席されました中国の方々もその前向きな姿勢にきっと感激されているに違いないと思いました。
 
  そして乾杯は私が(実は韓明先生が日本から持ってきてくれたものです。)日本から取り寄せました日本酒のミニ樽で乾杯!瀋陽の方々も日本酒はお好きのようでした。 特に遼寧歌劇院の孟院長はお酒の強い東北人の中でも酒豪でならしていらっしゃる方ですが日本酒が大好きなご様子でした。
 お酒で大いに盛り上がり新しい話題がでますとその度に乾杯をし(こちらの乾杯は文字通り干杯です。)陽気な夜は過ぎていきました。夜も更けていよいよお開きになるとこの季節には珍しく雨が降り始めていました。瀋陽では雨も私のコンサートに協力して降り始めのタイミングを大分待っていてくれたようでした。

10月22日(日)

 コンサートの翌日は文化庁の張さんのご主人の董峰さんのお招きで董さんが副区長になっていらっしゃいます鉄西区の大きなレストランでお昼をご馳走になりました。
 
  又夜には遼寧中医学院の校舎で開かれた学生さん達のためのコンサートに出演のソプラノ宮云湘さんとテノール陳黙さんの演奏を聴きに出かけました。分かりやすいクラシック音楽の普及に力を入れているとても素晴らしいコンサートでした。私もよくスクールコンサートで日本全国を回りましたが日本の学生さんと比べると中国の学生さんの方が積極的な態度で聞いているように感じました。日本は恵まれすぎていて・・・・という感じが少し心配になりました。23日は朝からお世話になりました先にお礼の挨拶に回りました。


(後列左から 葉 積鳴上海総経理   
董 峰瀋陽鉄西区副区長
前列左から 張 曄琳副処長      
韓 明校長) 

           

           
       


瀋陽でコンサートを公演して

 初めての瀋陽でのコンサートでしたが満席のお客様と交流できたことは本当に嬉しかったです。

 8月に伴奏合わせの為瀋陽に出かけた時のこと、飛行機の中であるご夫婦とお知り合いになりました。そのご夫婦の足元に置かれた荷物を見て通路側にいた私が「上にあげましょうか?」と声をかけましたら、「日本語がお上手ですが・・・中国の方ですか?」と質問を頂戴し話が始まりました。(私のこの顔はどこへいってもいろいろの国の人と間違われる無国籍顔ゆえ・・・・)10月瀋陽で行うコンサートの伴奏合わせにいきますと話したところ、「瀋陽ではクラシック音楽のコンサートなど滅多にないので、ぜひ行きたいからご案内をくださいネ」とおっしゃって頂き名刺交換をしてお別れしました。
  そのご夫婦のお名前は林与志男、八重子様です。瀋陽航空工業学院でご主人が日本語を教えていらっしゃいます。9月半ばにチラシも出来ましたので早速 林様にご連絡を入れさせていただきましたところ「教え子たちが日本語のみならず、日本文化にも大変興味を持っているのでぜひ連れていきたいと思っているのだけど・・」とのことでした。お客様の集客に文化庁、歌劇院のお力ばかりに頼っているのは申し訳ないと思っていた私にとって大変有り難いお申し出でしたので、「ぜひ宜しくお願いします。」と返答させていただきました。

 その後林様からメールが届く毎に学生さんの人数がどんどん増え、ついにはチケットが足りなくなり・・・・仕舞には抽選をしてコンサートに行く人を選ぶまで、行きたい学生さんが増えてしまいました。又噂を聞きつけた他の大学の先生方から「なぜ林さんの大学だけそんな特権があるのですか?ぜひわれわれのところへもチケットを回してください。」とのご依頼が多々あったそうです。林様から「次回は是非大きなホールで開催してください」との言葉を頂戴し本当に嬉しく又今後への励みとなりました。

 中国の反日デモのニュースが日本国内で派手に取り上げられそう思い込んでいる日本人は多いと思いますが私が現地で感じることとは全く違います。熱心な学生さん達に愛情を持って日本語を教えるご主人、中国の人たちを自宅に招いてお茶、お花などの日本の文化を紹介する奥様、このような方たちの地道な活動が日本のニュースで取り上げられることはありませんが、これこそがこの地で日々行われています、日本と中国の草の根文化交流なのです。どの国にも一生懸命に生き、良き心根の人は多々いらっしゃると思います。でもなかなかお会いする機会に恵まれず、経験ではなく知識や思い込みで判断してしまうことが多いと思います。ですから私は少しでも沢山の人々とお会いしお互いを知る機会を増やしていきたいと望んでいます。

 10月の瀋陽は沢山の思い出を私に残してくれました。音楽を通じて多くの友人ができたこと、これが私の人生の宝ものです。あの美しい瀋陽の夕日を見にまた極寒のかの地へ胸をわくわくさせてこの1月に旅立ちます。又ご報告します。
 
 


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