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2011年6月

北京国家大劇院コンサート・報告No4

 

さて、もうすぐパリのコンサート。

 

出発前に北京国家大劇院とは、どんなホールだったのか・・・と言う皆様からのご質問にお答えし今回の国家大劇院の総集編とさせて頂きます。

 

外観についてはおそらく今更私が申しあげる特別な事はありませんので省略。

 実際に楽屋に入った人間にしか分からない部分をご説明いたしましょう。

 当日入館する人間について細かく申請――中国人なら身分証明番号、私のような外国人ならパスポート番号――しなければならない・・・まあこれは日本と全く同じです。

 私達が行なってきた七夕コンサートの会場≪東京オペラシティホール≫に於いても、楽屋に入る可能性のある全ての人の名前を前もって提出しなければなりません。

ですから当日になって突然楽屋に来ても絶対に入れて貰えません。

(まあ、これが良いか悪いかは意見の分かれる所だとは思いますが・・・)

 

さて、ここからがいかにも中国らしい、と言いましょうか・・・・

 当日大劇院に前もってナンバーを登録済みの車が迎えに来てくれて私達を駐車場の楽屋口で降ろしました。

 車から降りて・・・あれっ?!受付のようなところがありません。

 つまり楽屋口から入ってくる人間の名前や身分証明をチェックする場所も人もいなくて≪スル―≫出来てしまうのです。

 結局私は誰からも身分の確認を求められることもなく自分の楽屋に到着してしまいました。

 

さてその楽屋――日本の新しいホールと同じようにシャワールームもありますしソファーもありちょっとしたホテルの部屋のような感じです。

 もちろんピアノも置いてありますから、発声練習なども自在です。

 

一番特筆すべきは・・・・

 今まで中国でずいぶん沢山のホールのお世話になりましたが、トイレにペーパーがきちんと備わっていて、しかもトイレ独特の臭いがしないという点ではさすが国家大劇院だけあって、とっても国際的でありました!

 その地方では最高と言われているホールでも、こういう条件を満たしている所となると殆ど皆無というのが実情ですから。

 

そして更に特筆すべき事がありました。

コンサート開始から終了までの間、私の楽屋に不審者が侵入しないように、私の楽屋の入口でほぼ終始直立不動のまま見張り役をしてくれた青年の存在――しかも私が舞台に出る前や舞台から戻って来た時には必ずニッコリほほ笑んでくれるのです!

これはやっぱり共産党の中国ならでは、と言うかやっぱり軍隊のある国の青年は違うと言うか・・・・

ちょっとビックリと同時に感激した事でした!

 

さて、日本から応援に来てくれた友人たち――

 私から聞かされてはいたものの、入館する際に受ける飛行場並みの厳しいセキュリティーチェックには些か閉口気味だった様子。

 しかも彼らが驚いたのは、あれほど厳しいセキュリティーチェックがあってカメラは持ち込めない筈なのにもかかわらず結局ホール内にカメラを持っている人が何人もいた事!!!

 なんで~~???

 

しかし、ここで最初に書いた話に戻りますが、前もって登録済みの車に乗って楽屋口まで来れば、何人でもノーチェックでホールに入って来られるのです。

 友人の為なら規則なんて無視!というお国柄ですから、こういう車が何回も駐車場と外を往復すれば前もって登録してない人間でも簡単に入って来られます。

 そういうファンみたいなのが、リハーサルの時にもドヤドヤいてお目当ての歌い手さんの写真をバチバチ撮っていましたから、その人たちがそのままコンサートの時間まで外に出ないで残っていれば――即ちカメラを持った人が会場にいる、ということになってしまうのです。

 あれほど厳しいチェックをするのに一方でこういう抜け道のあるのがいかにも中国的で面白いと思った次第です。

 

さて、最後に皆さんが一番興味のある事――音響について。

 

残念ながらその外観の壮麗さに比べると、設計の段階で音響については全く無視されたのか、或いは予算を外観部分で使い切ってしまって音響まで手が回らなかったのかな、いうのが正直な感想でした。

 

私の持ち味は≪遠くまで届くピアニッシモ≫ですが、これは音響の良いホールでしか通用しません。

 元々中国人の好みは≪大きな音≫ですから、そもそもこの国では無理な事に挑戦しているとも言えますが(笑)。

 

「浜辺の歌」や「故郷」を聞いたある日本人の方の感想は―――「日本の歌はアカペラで歌ったほうが良かったかもね!」でした。

 

まあ、音響についてはこれから先、手を加えて行けば良くなる可能性はあるのですから、経済大国=中国の今後に大いに期待しましょう!

 

そして――入れ物を作るのは国家ですが、その中身は観客によって作られて行くのですから、中国人の≪音に対する要求≫が変わってくれば自ずとホールも変わってゆくことでしょう。

 それは外国人である私が口出しすべき問題ではありませんので、ただ見守るのみです。

 

ともあれ、北京国家大劇院でコンサートを開くことのできる≪個人の身分としての外国人≫なんて本当に数少ない稀なケースでしょうから、これに関しては魏松さんのお力添えにひたすら感謝申しあげる次第であります。心より感謝いたします。有難うございました、魏松さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北京国家大劇院コンサート・報告No3

 さて6月2日の北京国家大劇院でお世話になった方々をここで一気にまとめてご紹介させて頂きます。

沢山・沢山の方々にお世話様になりましたので、此処にご紹介するのはほんの一握りの方でしかありませんが・・・・・(悪しからずご了承くださいませ)。

瀋陽から駆けつけてくれた李青姉、そして今回共演した李迢迢妹 私達は仲良し姉妹っていう間柄なのであります。

李青姉妹ブログ用.jpg

 同じく共演したバリトン・王立民さんと奥さま

 

王立民部ブログ用.jpg

 

ちょうど全く同じ時期に国家大劇院のオペラ劇場にて「蝙蝠」の本番と重なっていた為、今回は共演出来なかったバリトン・楊小勇さんもなんとゲネプロ終了後にわざわざこんな遠いところまで駆けつけてくれました。感謝感激でした

 

楊さん北京ブログ用.jpg

 

瀋陽から駆けつけて下さいました瀋陽総領事・松本盛雄様と美しいお着物姿の奥さま

 

打ち上げ松本夫妻.jpg

 

瀋陽から駆けつけてくれたテノール・陳黙――彼とは2006年瀋陽で共演して以来の友人です。

 

打ち上げ陳黙.jpg

 

いつもいつも暖かく見守り励ましてくれる私の兄貴・呉従勇さん

 

打ち上げ呉兄.jpg

 

打ち上げにて・三姉妹

 

打ち上げにて三姉妹.jpg

 

 

日本から毎回駆けつけてくれる大切な友人源馬邦子さん(手前中央)とローズ・カズコさん(向かって右端)

 

打ち上げローズさんたち.jpg

 

 

打ち上げ会場の下見の日

左から人民中国・翻訳部長郝慧琴さん、同人民中国・島影均さん、店≪龍元堂≫オーナー澤登元さん、邵偉行さん、呉従勇兄貴、私。

 

打ち上げ打ち合わせ.jpg

 

 

毎回日本から応援に来てくれる大切な友人たちと北京最後の晩餐はイタリアンレストランにて――≪乾杯≫

以前私が北京で定宿にしていた王府井エリアのり―ジェントホテルの2階にあるイタリアンレストランは北京にあるイタリアンではイケてるほうだと思います。

 

北京にて邦子さん達.jpg

 

北京国家大劇院コンサート・報告No2

 林 友声さんへ

 

今回の北京国家大劇院コンサートでは大変お忙しいスケジュールであったにも拘わらずいつもながらの優しさで接して下さって本当にどうも有難うございました。

 

指揮者の中には「俺について来い!」と有無を言わせず引っ張るタイプの方も少なくはありませんが林さんはいつも私達が歌い易いようにと気遣ってくださいます。そのお陰で私は林さんの指揮で歌う時はいつもオケの事を心配することなく自由に歌っています。

 

それは指揮だけではなく舞台への出入り、花束を受け取る時の仕草、等々多くの舞台上の場面に自然と表われています。過去2回の七夕コンサートの時、そういう林さんの事を注意深く見ている日本人が沢山いました。

 

≪一歩控えめ≫が美徳とされる日本では林さんのそういう態度が大変尊ばれています。ですから日本の私の友人たちの中には沢山の林さんファンがいるのですよ。多分林さんご自身が想像する以上に沢山、沢山!

 

中国に於いては≪中国式やり方≫に慣れるように努力して参りましたが、それでもやはり戸惑うことが多々ある外国人の私にとって、日本人と同じような細かい気配りを見せて下さる林さんの存在に今までどれほど助けられてきたことか・・・ひとつひとつ書きだしたら切りがないでしょう。

 

本当に言葉ではとても表わせないくらい感謝しています。

 

昨年10月、北京音楽庁のコンサート後に人民大会堂で開かれた日中友好協会創立60周年記念パーティー(その席上で私は中国政府から≪日中友好に貢献した60人≫の中の一人として表彰されたのですが)にも共演者の中ではただ一人林さんだけが日本側からの招待に応えて出席して下さいましたよね。お陰で私も辛うじてメンツを保つことができました。

 

今回も翌日(3日)に上海大劇院で大きなコンサートがあり朝7時の飛行機で上海に戻らなくてはならないと言うのに、私のコンサート後の打ち上げ会にも最後までお付き合い下さって、本当に有難うございました。

 

国家大劇院打ち上げ林さん.jpg

 

いつもニコニコと微笑みを絶やさない林さん、さりげない優しさを垣間見せてくれる林さん、そんな林さんとの共演の機会がこれからも沢山ありますようにと願う次第です。

 

では又のお目もじ楽しみに、再見!

                                                        Naoko

 

北京国家大劇院コンサート・報告No1

 北京国家大劇院のコンサートが終わり日本に戻りました。

コンサートの件は写真が出来たらフォトレポートにてもご報告致しますが、先ずは今回お世話になった方々などへの≪御礼のお手紙≫という形式で何回かに分けてアップして参りたいと思います。

最初は私の中国総代表・邵偉行さんへのお手紙から始めましょう!

写真はコンサート後、龍元堂に於ける打ち上げパーティーでの邵さん

 

北京邵さんブログ用.jpg

 

≪邵偉行さんへの手紙≫ 

邵偉行さん

こんにちは!今回の国家大劇院ではお世話さまになりました。お疲れ様でした。

どうも有難うございました。

そもそもは黄淑柔さん発案の≪日中友好コンサート3ケ年計画≫に基づいて始まった今回の国家大劇院コンサートでした。

しかし日本人と日本生まれの華僑のコンビでは中国では思い切り吹っかけられ――文句を言っている訳ではありませんし中国ではこれは当然の事と受け止めています――魏松さんが私の為を思って黄さんの後任者として中国の興行関係に詳しい貴方を私に紹介してくれたのでしたよね。

それはいわば私と黄さんが中途半端に始めてしまった事の≪後始末≫的な役割に他ならず、黄さんの仕事を引き継ぐ形で昨年10月の北京音楽庁のコンサートを皮切りに始まった一連の協同作業に於いて大変なご苦労があった事を私はよく理解しております。

最初から任されているならずっとやり易いのに、という言葉が何度も口に出そうになった事でしょう。でも実際におっしゃったのは一回きりでしたね。

この短い期間の中で私達は本当によく話し合い――しかも私の拙い中国語を通して――理解し合って仕事をしてきたと思います。これは我ながら感心しているくらいです。

でもまだまだ1年にも満たないのですから、本音を言えば今回も私としては不満に思った事が沢山あるのは事実です。

なにしろこれだけの年齢になるまで、お互い全く異なる環境で過ごしてきた異国の人間同士ですから、これはむしろ当り前の事と言えるでしょう。

邵さんがなにより私の事を第一に考えてしてくれた事であっても其れがむしろ私には全然喜べない事であったり、私が日本人独特の特徴である極端な遠慮から言わなかった事が逆に邵さんを傷つけたり・・・・数え上げたらきりがありませんね。

しかしそういう中でいつもとことん話し合い頑張ってきましたよね。本当に有難うございました。

 

実は今回北京でコンサート直前に魏松さんの口から私達のコンサートが≪国家大劇院オペラフェスティバル≫の最終日――つまり閉幕式にあたる――という事を直接お伺いするまで私は全くその事は理解していませんでした。

もちろん国家大劇院のHPには目を通していますから≪オペラフェスティバル≫の文字だけは目に入っていたものの≪本当の意味での理解≫は全くしていませんでした。

そんな大事なことをもっと早く知らされていたら・・・と少し残念に思いました。

もちろん魏松さんや邵さんにしたら当然分かっていると思っていらっしゃった事でしょう。

しかしその辺りがやはり私は外国人なのです(まあ多分中国語の能力の問題もあり・・・)

それについては魏松さんにはどんなに忙しくても私が曲目をお見せして意見を求めた時点で説明するなり彼としての意見を述べて欲しかったと思います。

丁度「カルメン」のお稽古で忙しくしてらっしゃる最中でしたので私も敢えてしつこく連絡を取るような事はしませんでしたし、パソコンをお使いにならない魏松さんとは私のアイフォンを通じてのショートメールでしか連絡が取れませんので、邵さんを通して曲目のご相談をする以外に方法がありませんでしたから、まあ今から考えれば意思の疎通が十分でなかったという事に尽きるでしょう。

 

プログラム決定を大劇院から急かされていたあの頃まさに私達は未曾有の災害に打ちのめされ、日本人全員が――なかでも関東以北に住む人々は――程度の差こそあれ実際にあの地震の恐怖とその後に続く恐ろしく又不便な生活を経験していた丁度その時期にあたり正直なところ、『曲決めどころではない』という状況下にありました。

しかもちょうど時を同じくして生まれて初めて花粉症に罹り声帯を痛め10日間も沈黙療法をしなければならないと言う、これまでの長い歌手生活の中で初めて起きた事実に直面し相当凹んでいた時期でもありました。

 

そういう状況下でろくに頭も回らないままに今までのコンサートの延長線上でおこなった曲決めでした。

 

あの時の少し異常とも思える私の心理状態で、≪オペラフェスティバル≫に参加して歌うと言う事実が前もって魏松さんから吹き込まれたとしても果たしてどこまで良いプログラムが練れたかは定かではありませんが、でも一寸思い出してみて下さいますか?

 

フランスパリ公演について、私が最初に提出した曲目に対してフランスから佟さんや施恒さんがフランスの観客の好みだとか色々注文やアドバイスをくれて結局最終的には当初のプログラムとは全く異なるものになりましたよね。

 

もちろん私は私の信念に基づいて色々な事を≪独断で≫決定している事も多々ありますが、より良いコンサートの為の、或いは私の為を思ってのアドバイスには必ず耳を傾けて来ました。

 

芸術家として、又日中友好の使者としての私なりの信念は持っていますが決してそういう点に関しては頑固ではなかったつもりです。

私の為を思ってくれる意見にはきちんと耳を傾けてきたと思っています。

 

これまで日本のコンサートの時いつも、魏松さんはじめ中国の演奏家の皆さんの良い面が百パーセント生かされるようにプログラムその他についても心を砕いて来ました。何と言っても私達は≪仲間≫なのだからそれは当然の事です。

そうでしょう?!

 

中国の音楽事情に誰よりも通じている≪仲間≫と私が考えている魏松さんのアドバイスが頂戴出来なかったのは今にして思えば本当に残念の一言に尽きます。

 

オペラフェスティバルの一環の音楽会と分かっていたら今回のプログラムは全く違ったものとなっていたことでしょう。かえすがえすも残念!

 

それを考えたら薬の力を以てしても眠れなくなり、あの日殆ど一睡もしないままに舞台に立つ羽目になりました。

 

まあそういうところが――良く言えばデリケートということですが――私の弱さでもあり欠点でもあります。ちょっとした事で砕けてしまうのです(笑)。

 

その結果、他人の評価はどうあれ、私自身としては大いに不満の残る舞台で終わりました。

 

せっかく頑張って国家大劇院のコンサートの為に尽力して下さった邵さんに対しても大変申し訳なく感じています。

 

取り敢えずは7月のパリ公演に向けて身体と心の状態を少しでも上向きにするよう努めなくてはなりません。

その後の事はまたゆっくり話し合いましょうね。

では又、再見!

                              松貴妃

 

 

 

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