再びパリに向かいます。
もうすぐ再びパリに向かって出掛けます。
この数年、日中友好の為に飛び回りながら歌って参りましたが、来年以降は音楽活動の場を中国からパリに移そうと考えています。
2005年11月初めて上海でコンサートを開いたあの時、ただ単純に面白くて楽しいと感じた中国、その魅力に惹かれ突き進んで参りました。
しかし、最近は≪日中友好の使者≫としての責任が重くのしかかってきて、初めの頃のような≪楽しむ≫という気持ちよりも≪・・・しなければならない≫という義務感ばかりが私の心を支配するようになってしまいました。特に昨年10月北京人民大会堂で中国政府から表彰されてからはそういう思いにとらわれ過ぎて自分で自分を追い込んでいたように思います
元々≪歌をきちんと歌うこと≫と≪日中友好活動≫を両立させるのは無理と言っても良いくらい相容れない部分があります。
本来、芸術家の生活は驚くほど孤独で静かなものなのですが、日中友好となりますとそういう訳には参りません。
音楽活動とは何の関係もないあらゆる会合に顔を出さなくてはなりませんが、それは本来ならば歌の為に費やすべき時間を失うことになってしまいます。
また中国に於いては演奏会前日の夜でも、大勢の人とのお酒の席に同席し目がチカチカする程の煙草の煙の中で数時間過ごすことは殆ど当たり前の事です。日本の声楽家を代表して行っている訳ですからそういう席で嫌な顔もせずニコニコして我慢するのは当然の事と受け止めついつい頑張る羽目になるのです。なにしろ中国側の声楽家が普通にこなしているのに私だけが断るなんて出来ない相談ですから。
そして中国に於いても日本に於いても日中友好の為とあれば普段の私なら≪絶対にお断り!≫のカラオケにも行かなくてはなりませんし、当然そこでは日本の歌や中国の歌も歌わねばなりません。
依然として日本に対する感情がものすごく良いとは言えない状況下で私にとても親切にまた温かく接して下さる方々に対してせめてそのくらいはしないと申し訳ないという気持ちになってしまい、ついついかなりの無理を我が身に強いる結果となります。
私の本業が声楽家ではなくただ単に≪日中友好の使者≫であるだけならもちろんこれで良いと思いますが、私の本業はあくまでも≪歌う≫ことにあるのです。その為にずっとずっとひたすらに勉強をしてきたのです。
しかも自分の身体を楽器とする声楽家の音楽生命はそれほど長くはありません。私もあとどれくらい歌えるのだろうか・・・と考えた時、今は取り敢えず声楽家としての私をもっと大事にしなくてはとの思いに至りました。
声楽家・松井菜穂子を支えて来てくださった皆様の為にもしばらくは芸術の都・パリを中心に音楽活動をして行こうと思います。
幸い中国人は世界中にいますので、日中友好の活動は世界のどこにいてもそれなりには続けられますので。
もちろん今まで築き上げてきた友人関係は変わらずに大切にして参りますし、私でお役に立てる事があれば出来る限りの協力は続けてゆく所存です。
ではまたパリから戻りましたらご報告させて頂きます。
再見! Au revoir!














