NAOKOのひとりごと No33

「モーツァルトイヤーに、あえてロッシーニ」

先日あるフレンチレストランで、“トゥルヌド・ロッシーニ”の文字を見つけた。ソテーした牛フィレ肉に、フォアグラとトリュフを重ね、マデラ酒のたっぷり入ったソースをかけていただく、濃厚で古典的な一品である。野菜たっぷり、低カロリーの現代嗜好とは対極にある、言ってみれば王政復古時代の産物といえる。私自身も5年前なら、たまには食べてみようかなと思ったかもしれないが、その時はただ文字を見つめて、料理を想像してみるにとどまった。

しかし、時代に逆行する料理とはいっても、自らの名前が料理名にこれほど多く登場する音楽家は、後にも先にもロッシーニただ一人。彼が美食家で自らも料理に打ち興じたということもあろうが、“美食の音楽家ロッシーニ”を作り出したのは、おそらく時代背景だろう・・・という私の思い付きをご紹介しよう。

 今年はご存知モーツァルトイヤー。あまり馴染みのない私でも、改めてモーツァルトについて勉強したりしているが、彼に遅れること36年、1792年に生まれたのがロッシーニ。昔の36年は、現代程速いスピードで変化するわけではないからたいしたことはないと思うかもしれないが、実はこの間には、フランス革命という時代を大きく変える事件が発生している。

フランス革命は王侯貴族の地位低下とブルジョアジーの台頭をもたらした。それまでの音楽は教会音楽を除いては、宮廷の食卓音楽(BGM)が中心だった。料理も宮廷料理が主流。1789年のフランス革命をはさんで、音楽も料理も宮廷からコンサートホール、レストランへとそれぞれ活動の場を移していく。天才の名を欲しいままにしたモーツァルトやハイドンではあったが、決して社会的地位は高くなく、金銭的にも恵まれていたとはいえない。それに引き換え、革命後に生まれたロッシーニやリストは、天才芸術家として特別の地位を授かり、人々の尊敬を集め、経済的にも非常に優遇されていた。

時代の変化が人間の運命を大きく左右することがある。まさに時代の寵児といえるロッシーニ、もしモーツァルトと同時代に生まれていたら、いかにロッシーニが食通であっても、彼の名を冠した料理がもてはやされ、後世に残るなど考えられなかっただろう。

でも、世渡りの上手なロッシーニ、どうなったかわかりませんね。(笑)

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