NAOKOのひとりごと No34

「蒼き狼の国」

 朝青龍欠場の大相撲夏場所で、同じモンゴル出身の白鵬が優勝した。優勝の翌日、流暢な日本語でインタビューに応じた素顔には、まだどことなくあどけなさが感じられたが、ひとたび土俵に上がると、もうそこには21歳の青年のイメージはない。15歳で角界に入り、相撲を叩き込まれ、集中力を養い、勝負の世界の厳しさを身に付け、どんどん強くなっていくと朝青龍や白鵬のような若者が育つのだろう。自分自身を振り返ってみると、21歳の時はまだ音大生。器楽ならいざ知らず、声楽科の学生にとってはまだ人前でちゃんと歌ったことさえない、お相撲で言えば序の口くらいだろうか。

 私は4年前に一度だけモンゴル・ウランバートルへ行ったことがある。季節もちょうど今頃。たまたまモンゴルのストリートチルドレンを支援するプロジェクトの一環で、2002年秋に日本でチャリティーコンサートを行うことになり、そのご挨拶と報告を兼ねて同じ年の5月にウランバートルを訪れた。モンゴル出身の力士は全員ウランバートル出身だが、それもその筈、全人口のほとんどが首都のウランバートルに暮らしている。以前は旧ソ連の傘下にあり、市街は当時の影響を色濃く残している。古いアパート群は、これぞまさしく社会主義国家の共同住宅といった白く無機質な姿をしているし、建物に記された文字はロシア文字だし、中国の内モンゴル自治区とはまるで別の国。独立国家となった今も、ロシア文字に近い文字を用い、モンゴル独特の縦書きの文字は、ウランバートルでは見かけない。

  土地は国有地、市街地の真ん中にある空き地にゲル(内モンゴルではパオ)を組み立てて暮らしている人もたくさん見かける。現に、私が泊まったホテルと立派な日本大使館の間にある空き地には、ゲルがいくつか立っていた。文化使節のような形でモンゴルを訪れた私が、厚生大臣(女性)の公用車に同乗し市内から1時間ばかり離れたチンギスハーン村(ゲル暮らしを体験できる観光施設。私は見学しただけ)に案内される途中、蒙古斑が話題になった。生まれたての赤ん坊のお尻に蒙古班が見られるのは、モンゴルと日本だけと聞いていたが、厚生大臣いわく、最近はモンゴルでも蒙古班のない赤ん坊が多いとのこと。日本ではどうか?の質問に私は首を傾げるしかなかったが…。

 日本語とモンゴル語は語順が同じとか、蒙古班があるのはモンゴルと日本だけとか、相撲が国技とか、日本とモンゴルのルーツは同じなのだろう。馬に跨り草原を駆け回ってみると、私はチンギスハーンの子孫だ…と思えてくるのです。



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