松井 菜穂子 -Soprano-
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日 時 2009年10月17日(土) PM20:00開演
場 所 四川省成都市内 四川音楽学院音楽庁
出演者 私(Sop)、陳其蓮(Sop)、魏松(Ten)、 楊小勇(Bar)、李瑋捷(Piano)
タイトル 伊藤洋華堂愛心之夜―――日中友誼之声
主 催 四川省人民対外友好協会
後 援 日本中華総商会
協 賛 成都イトーヨーカ堂、成都伊勢丹、豊田通商(上海)成都支社、
四川音楽学院
寄付金贈り先 四川西部扶貧基金会

プログラムの内容は・・・・・

日本の歌: 4曲(松井独唱3曲、4重唱1曲)
中国の歌: 8曲(松井3曲、陳、魏、楊各1曲、松井&魏1曲、全員1曲)
オペラアリア: 松井――ある晴れた日に、歌に生き愛に生き
陳其蓮――岩のように動かずに
魏松――星は光りぬ
楊小勇――闘牛士の歌
オペラ二重唱: 松井&陳――そよ風に(「フィガロの結婚」より)
松井&楊――手を取り合って(「ドン・ジョヴァンニ」より)
松井&魏――可愛がって下さいね(「蝶々夫人」より)

 そもそも「慈善」と「偽善」は紙一重と言うくらいにチャリティーと言うのは難しい面を含んでいるものですが、それを異国でしかも覚束ない中国語を駆使しながら単身乗り込んで行おうと言うのですから、何もかもがスムーズにいったとは言えませんがまあ兎にも角にも開催にはこぎつける事が出来ました。


沢山の方の援助のお陰と心より感謝しています。しかし又沢山の反省点もありました。


まず第一の失敗はスポンサー企業の各社様に何のメリットもなかったであろうと言う点です。


 スポンサーからのお金は全てダイレクトに扶貧基金会が受け取りましたので私は詳しい数字については良く分かりませんが、この不況の折りにも関わらず3社合わせてかなりの額になったと聞いています。
私としては日本の企業が四川に於いてこれほどまでに還元しているという事を広く現地の皆様に知って頂く──現に各企業様ともに現地に於いて多額の寄付活動等々をなさっておいでですので──為に少なくとも国慶節の前までにはポスターを作成し各百貨店の店内に掲示出来るようにと九月成都を訪問した際に扶貧基金会に、くどいほどお願いをし帰国してからも毎日メールでお願いしたにもかかわらず結局コンサートの直前まで何も作られなかったと言う事です。
この辺りはなにぶんにも日本からの遠隔操作でうまく私の意思が伝わらなかった事と、又チャリティーとかスポンサーとか言う事に対する「概念の差」と言うか「概念の有無」の問題ですからどうにもならない事でしたが返す返すも残念であり又スポンサー企業様に対して私が心から大変申し訳なく感じている事です。


 そしてもう一つの大きな残念は──「私のコンサート」ではなくなってしまった点です。
元々私がどこの団体にも所属せずフリーの立場を貫いている理由は、芸術家として自由でありたいからで、つまりは平たく言えば「超我が儘」(笑)!「やりたくない事は決してしない」人間だからです。ですから今までもゲスト参加する場合を除いては自分で全て企画し公演して参りました。今回も自分で企画したつもりだったのですが┄┄┄???
又私が中国で歌う最も大きな目的は何と言っても「芸術活動を通して日中友好を推し進める事」にある訳ですから、ただ普通に歌って帰って来るのでは全く意味がありません。
その為に私は必ず中国でも日本のコンサートと同じように曲の合間に自分の言葉で直接お客様に話しかけるようにしています。(その為に中国語も学んだ訳ですし┄┄)
しかし今回は「すべてこちらで用意していますので┄┄」と言われてしまいとうとう一言も話す機会を与えて貰えませんでした。多分私の負担を軽くしてあげようと言う親切心の表れなのでしょうがこれにはガッカリ┄┄日本からの応援団の皆さんも「いつもの菜穂子さんのトークが聞けなくて残念!」とおっしゃっていました。当日舞台上での楽しいサプライズも用意していたのですが結局それも披露出来ずに終わりました。


 歌うという行為は一種のサービス業でなくてはいけないと思っている私と、通常のやり方に従っている扶貧基金会との考え方の相違ですからこれも又仕方のない事なのでしょう。


 良くない事ばかりを書いてしまいましたが勿論良い事だって沢山あったのです。
今年7月、東京オペラシティに於ける七夕コンサートで有料プログラムを販売しその売り上げを全て寄付金に回す事にしました。その売上金23万8300円を今回の舞台上で四川省対外友好協会の秦会長に私、魏松さん、杜宏さんの3人からお渡ししたいという意向を事前にお伝えしておきました所、ものすごく大きい看板をご用意下さいました。「陰徳」を美徳とし良い行ないは出来るだけひっそりと┄┄と考えてしまう私達には何とも気恥ずかしい事でしたがこのお気遣いにはたいへん感激致しました。


舞台にて七夕コンサートに於ける寄付金を贈呈(撮影、永田哲二さま)


 秦会長は西部国際博覧会の期間中と言うことで大変お忙しいなかコンサートのみならず公演後のパーティーも先頭に立って陣頭指揮をとり場を盛り上げて下さいました。日本からの応援団も秦会長のお人柄にはすっかり魅了された様子でした。コンサートの翌日から応援団の皆さんと私は九寨溝、黄龍などに行きましたがその旅先にまでメールを下さって皆さんが成都に戻られたら是非ご馳走させて下さいねとの有難いお言葉も頂戴しました、残念ながら時間の関係でお断りせざるを得ませんでしたが┄┄。日本の皆さんはそれを聞いて感激しすっかり彼女の大ファンになりました。


 又何と言っても嬉しかったのは、中国音楽界で最初に友人となってくれたベルギー国籍の中国人ソプラノ陳其蓮さんと今回初めて共演出来た事です。同じソプラノですのでなかなか共演の機会がありませんでしたが、実現出来て本当に嬉しかったですし又さらに改めて彼女の人柄の素晴らしさに心が打たれました。
 今回はクラシックのコンサートに全く不慣れな団体が仕切りましたので楽屋では驚きの連続でした。私も以前と違い随分神経が図太くなりたいていの事では驚かなくなっていた筈ですが┄┄。七夕コンサートの時にも舞台袖で東京フィルハーモニーのホルン奏者古野淳さん(彼とは東京音大の同級生で専攻は異なりましたが毎年特待生の表彰式でいつも顔を合わせていましたし卒業の時は二人が大学から金時計を授与されたりとお互い一目を置いていました)から「歌の人ってもっと緊張してる人が多いけど全然平気なんだね~」と驚かれたくらい、ちょっとやそっとでは慌てない自信があったのですが、私と陳さんのいる楽屋に大勢の「舞台で花を渡す係の娘さん達」が入ってきて楽屋内の鏡台前の全ての椅子に陣取ってビクとも動かないでじっと私を観察し始めた時はさすがにキレてしまいました。1,2曲歌うだけならまあ我慢もしますが殆ど出ずっぱりのコンサートの前にいくらなんでもこれでは参ると男性の楽屋に荷物をまとめて移動しましたが、そんな時も彼女がいてくれたからどうにかなりましたけれど、もし一人だったら歌うのを止めて帰ってしまったかも知れません(笑)
「貴女は沢山歌うのだから疲れないように┄┄」と言ってご自分の生徒さんに車で来るよう頼んでくれて音楽学院の広大な敷地内にあるホテルから同じ敷地内とは言うもののちょっと離れた所にあるホールまで私が歩かないで済むように気遣ってくださったり、本当に色々とお世話さまになりました。


 1部と2部の間の休憩時間に七夕コンサートのDVDを販売致しましたが30枚用意した内の21枚が売れました。杜さんの会社「美的」の社員である尾関さんが販売を担当してくださいました。彼女の可愛らしい笑顔のお陰で沢山売れたのでしょう。謝謝!


 それから何と言っても一番良かった事は成都のお客様が大変喜んでくださったことです。
沢山の成都の方々からメールで「素晴らしいコンサートを聴くことができとても感動しました!」と言っていただきました。ひとえに素晴らしい演奏をして下さった共演者の皆さんのお陰です。


 九寨溝などへの旅行から戻り応援団の皆さんが帰国なさった後に各スポンサー企業様へ御礼のご挨拶に行きました。私としては御礼以上にお詫びの気持ちが強く「お叱り」を覚悟で上がらせていただいたのですが、逆に大変暖かいお言葉をかけて頂き涙が出る思いでした。
スポンサー企業の皆様から今回は最初の一歩だから色々思い通りに行かない事があっても仕方ないし、これにめげずに頑張って続けて下さいね、と励ましていただき心から深く感謝し、もっともっと頑張ってこの地での日中友好の活動に更に少しでも貢献出来るように努力したいとの思いを強くいたしました。


イトーヨーカ堂にて  左から総経理 三枝富博様、私、営業企画室長 関口博様

同イトーヨーカ堂にて、私の訪問に合わせて赤い横断幕のサプライズをご用意下さって┄┄大変に感激致しました。有難うございました!



成都伊勢丹百貨有限公司にて  Managing Director 海老名勲様と私

同成都伊勢丹百貨有限公司にて 左から General Manager 細田寛様、私、海老名勲様



豊田通商(上海)有限公司 成都・重慶分公司 総経理 水谷健様と

豊田通商の皆さんと


幸い成都には日本商工クラブの仲田和代さんと言う心強い味方のお友達も出来ましたので気持ちも新たに又頑張ろうと思います。

成都日本商工クラブ事務局の仲田和代さん
(彼女は目下生まれてまだ日も浅い赤ちゃんを抱えながらお仕事です。赤ちゃん大好き人間の多い中国ならではのおおらかさ、羨ましいですね!)


まあ本当に色々ありましたが悪い思い出は全て自分自身の反省として受け止め、ここから多くを学びより良い方向に進んでいくことが出来るように努力して参りたいと思います。


ここには書ききれないほど多くの方にお世話様になりました事をもう一度改めて深く御礼申し上げます。


尚舞台の写真は成都から送られて来ましたら、次回のレポートにてご紹介させて頂きます。


以上

※これまでのレポートは「History」のページでご覧いただけます。